Fly Fisher 誌・つり人社









トカラ列島釣行日記




TEXT by 大塚和彦

『きゃああ!』という声に振り向くと、アサリンのロッドがグニャリと曲がっていた。何か魚がかかったみたいだ。ロッドティップは海に突き刺さっている。 身長152cmの彼女の体力で獲れるのか? 『大丈夫かっ?』と聞くと、のんびりした声で、 『このくらいだったら獲れると思う・・・』とアサリン。 そうだった。彼女はクリスマス島のボーンフィッシュと何度も戦っているんだ。浮いてきた魚は、ナント、カスミアジ。それを見た他の仲間が慌てる慌てる。フライでこれが獲れれば記録ものだ・・・・・・。

トカラに神が舞い降りてきた

ハ ?5月の第3木曜日、夜11時50分、鹿児島港。なにかとドタバタしたが、無事に出港。 トカラに一度でも行った人は「えっ、木曜日出港?」と考えたかも? そう、通常は、毎週月曜と金曜日の夜出港。この日は1年に一度ある「レントゲン船(医療船)」だった。つまり、一日多く釣りができるのだ。 普通のトカラ遠征は、金曜日の夜発の「フェリーとしま」に乗り、翌朝各島にて下船。帰りの船は日曜日の昼前後なので、どうしても実質1日半の時間しかない。これで釣れなかったりしたら帰りのフェリーの空気が「よどむ」可能性が高い。だから、偶然ながら今回は、1日分ツイていた。

重い荷物はコンテナに積み込み、手持ちのロッドや身の回り品だけで乗船。すぐにビールで乾杯。 『プッハ〜っ!あとは、楽園が待っとうじぇ!』 ふと視線を上げると、大きく美しいポスターが目に入った。十島村の観光ポスターだ。

<トカラには刻をこえて生きつづけるものがある。> という見出しのあとに、本文はこう続く。 {そこには何もない、という人がいた。いや、そこにはすべてがある。という人もいた。・・・} デザインも素晴らしいし、ずいぶん力が入ったポスターだ。それもそのはず、今年の7月22日は皆既日食をトカラ列島各地で見ることができる。(本誌が出版されたころは終わっている?)なんでも世界中から研究者やファンたちが集まって、いわゆるフィーバーともいえる盛り上がりをみせているのだ。 トカラ列島とは、鹿児島県の南にある諸島のこと。7つの有人島と5つの無人島からなっている。それらを合わせたのが、十島(としま)村である。

?金曜日、ひと眠りした翌朝7時すぎ、目的地の口之島(くちのしま)に到着。暖かいが、想像していたより心地良い風が迎えてくれた。少し残念ながら曇り空。しかし、楽しいことに変わりはない。 港に停めてある民宿のクルマ(レンタルだけどレンタカーとは違う)を見つけ、隠してあったキーにて出発。10分で民宿「ふじ荘」へ。そういえば、口之島の港の防波堤は異常に高い。「台風銀座」がどれほどすさまじいものか、想像だけで考える。 民宿に着いて荷物をほどいていると『朝メシを食べんかいねえ?』。ふじ荘のおばちゃんの声だ。定番の朝食。少し薄味だが、あつあつの味噌汁が胃に沁みこんでいく。 『ごちそうさまでしたぁ!行ってきまーすっ』。すぐに朝の釣りのスタートだ。 トカラの釣り情報だけ頭に入れてきたウオヤの案内で、○○岩場。まずはルアーでポイントチェック。すぐにヒット。テールのブルーがなんとも美しいカスミアジだ。 『よ〜し、よ〜し、よ〜し』 みんなが揃えるかのように、口々にこんな言葉を呟く。幸先がいい。



夕方まで海で遊び、民宿に戻る。民宿から歩いて1〜2分の場所にある「里の湯温泉(200円)」で、海の潮を落とし、さっぱりとした気分で夕餉の食卓につく。 ワレワレ「おばか4人組」が座った、まさにその瞬間、民宿のおばちゃんが 『あんた、釣れとらんめえっ!』 指差す先はササキだ。 4人とも、 あぜんとし、 びっくりし、 大笑いした。 ワタシ『なんで知っとおと?』 おばば『そりゃあ、顔を見ればわかる!』 ワタシ『あたってる、けど、スッゲェ〜ッ!』 このおばばこそ、民宿「ふじ荘」を取り仕切っている、ふじオバチャン。御年72歳。オバチャンというより、おばあちゃんなのだが『ワタシのことは「フジ子ネェ』とお呼び』そう言わんばかりの勢いだったのだ。 (地元では本当に「ふじ子ネェ」と呼ばれているらしい)

神秘の島で極楽を体験した!

●二日目(土曜日)の夜明け前、デカイGTにリーダーごとひったくられ、切られ、がっくりうなだれた朝食。 そのまま眠ってしまったワタシが目を覚ますと、もうひとりのおばちゃんが、 『起きたんなら、ふじ子ネェの手伝いをしてくれんねえ?』 二度寝が効いて、きっぱり体力を取り戻したワタシは、 『いいっすよ。何の手伝いっすか?』。 するとオモテで待っていたふじ子ネェが、 『おお、手伝いしてくれるね?このゴミを畑に持っていって燃やしたいとよ。ゴミをクルマに積んで持ってきてほしいったい。わたしクルマは、よお運転せん。』 原チャリは乗りこなすらしい。 『アタシに付いてきて、な?』 へいへい、わかりやした。 すると島のワインディングロードを、まるでカウンターでも当てているかのようなスピードで、飛ばす飛ばす・・・。 おいおい、ふじ子ネェ、ひょっとして元レディース系? そんな訳、ないよなあ? 72歳だよなあ?

口之島生まれのふじ子ネェ(本名「三島ふじ」さん)は、大阪に『出稼ぎ』に行っていた時期があったらしい。 このバイクのテクニックはそのときに覚えた、と言われたら信じていたかも。 あっという間に、寝ぼけた頭が冴えたのはいうまでもない。

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アサリンが掛けて、浮いてきた魚は、ナント、カスミアジ。それを見た他の仲間が慌てる慌てる。フライでこれが獲れれば記録ものだ・・・・・・。 ウオヤが叫び、まくし立てる 『アサリン慌てるなっ!』 『ゆっくりだぞっ!』 そんな慌てた声が港に響く。 一番落ち着いていたのは、アサリンかもしれない。 『おっとと・・・あれっ、こっちかな?』 なんだかのんびりした声なのだ。 ササキは黙ってシャッターを切っている。

しばらくやり取りして浮いてきたのはカスミアジだ。 水面を嫌ったのか、また一気にもぐる。アサリンが上手にいなす。8番のロッドがバット部分から曲がっている。「本当にダイジョウブか?」

時間にして5〜6分だっただろうか?観念した魚が浮いてきた。 無事ランディング成功! 『やったぁ!』 きれいなカスミアジだ。正式に調べたわけではないが、おそらく、トカラで、女性が、カスミアジを、それもフライで釣ったのは初めてだろう。 きっと記録モノだ。

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午後、干潮を見込んで、島のリーフ帯の海岸にでた。陽射しがきつい。やはり南の島だ。防波堤からリーフのエッジまで、およそ150〜200メートル。見事にシャローエリアが出現していた。 そよぐ風はどこか透明度を増したように感じ、リーフエッジの向こうには、空の青を映したかのような群青色の海が広がる。これは、見ているだけで幸せだ!そしてそんな極楽景色を見ながら飲むビールがうまいこと! しかし、そこは釣り人のサガ。のんびりばかりはしていられない。そそくさと支度をし、ポイントへと急ぐ。 今回は南の島ということもあり、足元は軽装だ。ウエーディングシューズにスパッツ、それに短パンをはいて、海の中をじゃぶじゃぶと入っていく。 深さは膝前後のシャローなので、気分爽快なのだ。 ところどころにあるエメラルドグリーンに輝くホール(もしくはプール)があり、そういうところをチェックすると、すぐに(バラモンハタ?)などの魚が食ってくる。足元からは、名前も確認できない魚が縦横無尽に走り出し、なんという魚影の濃さだ、と感じるまえに、あきれてしまう。 こんなにたくさん魚がいる中で釣りをしてもいいのだろうか?という逆説的な疑問さえ沸き起こる。 ここは極楽に違いない・・・。

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●三日目(日曜日)最終日の夜明け前、また暗いうちから港へ。 なんだか風も治まり、いい気配。 ヘッドランプの明かりを頼りに、準備をし、さっそくキャスティング開始。 「う〜ん、暗くて、よ〜見えん」 とか考えていると、佐々木が 『キ、キターッ!』と叫ぶ。

実を言うと、佐々木は黙々と釣りをするタイプで、ヒットしても普通の人がいう「ヒット!」や「きたーっ!」といった言葉を叫ぶヤツではない。つまり、よくいえば寡黙なオトコ。(しかし普段は決して寡黙ではない)だもんで、前日までの『ばらしたーっ』という言葉で振り向くと、彼のロッドには魚がついていないわけで・・・他のみんなが見ていない・・・信用できない・・・釣れていないだろ?・・・ってな具合の状態が続いていたのである。だからこの日は、ヒットした瞬間に叫んだものと思われる。

ヒットした魚は、バラクーダ。ダツをもっと凶暴にしたような魚だ。ヘッドランプで照らしたバラクーダのそばを、でかいGTがウロウロしている。あわててフライを投げるが、見向いてもくれない。あのGTは、バラクーダを狙っていたに違いない。 でもね、バラクーダは80cm以上もあったのです。トカラのGTは、何を考えているのやら・・・

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この日も朝食を食べたあと、シャローエリアで小魚を釣りまくって遊んだ。

楽しかったので「もういいや」と、早めに民宿にもどりアツアツのカレーライスをむさぼるように食う。昼めしひとつで、ふじ子ネェは、何故こんなにオレたちの気持ちをつかむのだろう。絶妙な献立構成なのだ。なんでもないカレーがじつに旨い! そういえば、昨日の昼メシ「冷やし中華風うどん」も、バツグンだったなあ。

島内放送が入る。 『フェリーとしまは、平島を10時30分に出港いたしました。仲之島到着は12時55分の予定です。』 3日に一便しかないこの「フェリーとしま」に乗り遅れるということは、3日間、その島に停滞しなければいけない、ということ。ワタシたち旅行者だけでなく、その発着には、島民全部が敏感なのだ。 『遅れんごと、はよ準備しなっ!』とふじ子ネェ。 ビールを飲みながら、なんだかモタモタと帰り支度をするワタシたち。みんな帰りたくないのは一緒なんだ。

感傷的なのはワタシたちだけで、ふじ子ネェは慣れたもの。 『はいはいっ、またおいで!』 力強くいうワタシたち。 『ぜったいっ、また来ますっ!』

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フェリーとしまは、無常にも口之島の港を離れた。 どんどん、島が遠のいていく。 『まるでモスラが住んでいそうな島だよなあ!』 『また来年も、この医療船を狙って来ようじぇ』 『でも、そのタイミングで大潮になってればねえ?』 『あああっ、た・の・し、かった・・・』

例のポスターの最後は、こういう言葉で締められていた。

・・・トカラの旅は、流れることを忘れた刻(とき)への旅。そしてそれは自分を見つめる旅でもある。海と空と人々は、旅人を優しく迎え入れ、やすらぎと平穏を教え、いのちの不思議をあますところなく見せてくれる。 さあ、トカラへ、自分をさがしに。


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